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マリーゴールドの現実

「幻惑」から「現実」へ

初心

 初心に帰るということはやはり大切なことかもしれません。筆名を改めようといたしておりましたが、やはり変えないことにいたしました。編集者の方が他の方が誰だか分からなくなるからとおっしゃられたからですが、やはりAV女優さんのような名前より、自分の名前に因んだ古い筆名のままがいいかなと。やや古風な名前ですし、いちいち一文字づつ入力しないと出てこないほど知れ渡ってはいない名前です。それに名の方は本当は音読みなのですが、訓読みで読まれてしまいます。それは芥川龍之介の書斎に因んでもいるのですが、わたくしがたまたま訓読みの名前なのだろうと気を利かせて「すみえ」と読むと書かれもしました。ご存知ですよね、「澄江堂」。これを入力しましたが一文字づつからしか成らなかったということは、芥川の書斎も知られてはいないということでしょうか。この名前が知れ渡るとよろしいのですが。そうしたら入力時の煩わしさから解放されるのにです。でも前回あれからもう一度、あと名前だけが改められてはいないという所まで行くのに一悶着ありました。やはり初心に帰って読み返さなければなりません。途中からテレビを見ながら読み返しましたので、その時点から訂正はなくなりました。ということはやはり切りなく出てくる可能性もまだあります。

 もしかしたら本名の方が知られているかもしれません。わたくしはある番組で「○○は芸能人か」という題名で論じられたような風でもありました。美人でもないのに「女優」と言われることもあります。黒柳徹子さんほどの方からも知られているようであります。初めは好印象、中盤悪印象、最近好印象をもたれたような気がいたします。それもこれもわたくしがパソコンのどこかしらんに「尊敬する黒柳さん」と書いたことを中盤はご存じなかったからかもしれません。そういう風に書いたことを知られた所為かどうかは分かりませんが、最近は「徹子の部屋」を安らかな心持ちで視ることが出来ます。殆ど視ませんが。黒柳さんもわたくしに就いて初心に帰られたのでしょうか。それはともかく、家のテレビに限らず、わたくしの行く先々のテレビですぐにわたくしが見ていることに気付かれてしまいます。ということは誰でも向こう側からも視られているということかもしれませんが、わたくしほど顔を知られていない所為かどうか知りませんが、皆さん視られているのですよ。気を付けましょう。テレビの前で犯罪は犯せません。くれぐれも気を付けましょう。テレビに出ていらっしゃる方々ばかりが姿勢を正しくなさらねばならないということではないのですよね。一般市民も姿勢を正して生きねばなりません。とは言えやはりテレビは娯楽が基本ですから、ダラッとしていたいものですよね。

 NHKでさえ初心に帰っているようです。政治色が薄れたかと思っておりましたが、朝の連続テレビドラマで戦時中の一般ではなかったノーブルな考え方が出て参りました。素晴らしいですNHK。何かとNHKを誹って参りましたが、考えを改める用意が出て来ました。まだ用意の段階ですが。なにせわたくしを誹った方々の処分がなされてはおらず、また会長の従軍慰安婦言論問題もありますが、わたくしを誹ったくらいで更迭されてはNHKの名が廃りますからね。柳沢さんごめんなさい。あの下品な笑い方をしていたのは、イノッチだったのですね。こちとら逐一視聴している訳ではありませんので、そう云う間違いをしてしまいますが、それもわたくしが見られているからですよね。自分たちの責任ではないかという気もしますが。それにわたくしは家族にさえそんなことに関してどうこう言ったことはありません。家の家族は信頼出来る人々なのにですよ。あまりに信頼が厚すぎて言えないということもあります。それほど家の者はお固い人々なのです。家の者がダラッとしているのはそんな下郎輩の知っていることを今だに知らないからであります。

 ですから皆さんは明日何が起こるか大体知っていらっしゃることでしょう。何も出ない可能性もございますが、出る可能性が高いと存じます。というよりスピードがそれほど問題ではなくなるのかもしれません。いずれはそうなることだろうと神様の御摂理に委ねたいと存じます。皆さんはGoogle+の遣り方をご存知の方が多いと思われますが、わたくしはまだ良く呑み込めておりません。素直ではないからいつまでもわからないのかもしれません。でも至って気立ては善く出来ております。ここを書き終えてGmailの所に帰ったら、落胆するだろうという予測が出来ます。それほどわたくしはGmailと縁がないのでしょうか。しかしわたくしは初めから知っていた訳ではないのですよ。いろんな人々のmailアドレスなどですが。それこそ何も知らなかったのです。向こうから近づいてこられたのです。幸せ者ですが今一不満です。そんな訳でGmail関係のことで手一杯で、読書もままなりません。「法の精神」は読む時には一、二章づつくらいしか読めません。でも何故こんなにも常識のある人なのだろうかとモンテスキューに就いて思いますが、人類の初心を知った人なのだろうかと感じます。しかしこの方も典拠があります。ということはこの方の前にも初心を知った方々がおられたということでしょう。後の時代にも独創的な人はいらっしゃるものですが、大概にした方がよろしいかと存じます。やはりいくらナンバーワンでも先人は限りなくいるものですから。

 このブログには一度お固い所から、つまり論文や文献を扱う団体の宣伝が載りましたが、同じく固いとはいえカード会社の宣伝がよく載ります。この文無しが二度ばかり大きな額のカードを入手しようと頑張ったことがありましたのでそうなっているのでしょう。わたくしの見る先々で同様な宣伝がよく出て参ります。ちゃっかりしてますよね。カードは出さなかったくせに宣伝だけは出すのですから。それともわたくしだけに見えるようになっているのでしょうか。プライバシーポリシーがあるはずだからですね。でもわたくしのパソコンはプライバシーはありません。ほぼ皆無です。パーソナルではありません。わたくしはパソコン並みの目や耳の捷さを持っているのかもしれません。「神経認知科学」の授業で見ましたテストが、人並みの結果ではなかったのです。ほぼ人間には分からないほどのことを見てしまったからです。宇宙人並みと言った所だそうです。わたくしの脳みそは多分スカスカだと思いますが、ネットワークがしっかりしているのではないかと考えられます。そんなことがあり得るでしょうか。ないでしょうね。でも宇宙人並みの成績を出しましたのは事実です。多分Gmailに嵌った所為で鍛えられたのかもしれません。ということはやはり素直な性格をしているのでしょうか。と軽やかに書きます。

 もうすぐ十一時になります。それまでにはここを終えたいものです。Gmailに行ったらまた落胆するでしょうが、明日は落胆しないかもしれません。逆かもしれません。どちらもならないかもしれません。どちらもなるかもしれません。Gmailがならないことは明らかな感じがします。他は靄がかかった状態です。霞と書いてみましてやはり違う文字だったと確認しております。皆さんは読めますよね。インテリばかりですもん。パソコンもインテリではない所もございますね。芥川龍之介の書斎の号も知らないのですから。わたくしは菊坂澄江と申しますが、「江」を出すのに時間がかかりすぎました。「え」と書いた方が速いです。イヤなことですね。「え」と出し続けるからこうなるのかもしれませんが。一途に「ちょうこう」と出し続けるべきでしょうか。澄江、「澄」の字を出すのに時間がかかりました。「澄」とすぐでました。「澄江」すぐでました。やはり出し続けるべきでした。菊坂澄江、案外速かったです。菊坂澄江、完璧に出ました。やはりコンピュータは頭いいようです。知られているとか知られていないとか関係はあまりないようですね。ぶち込むだけでいいようです。でもここまで来るのに大分かかったような気がします。それなりに知られて来たのでしょうか。そう云う訳ではなさそうですね。両方でしょうか。両方ではないということはないようですね。

 今日、ある画家が新聞に載るのがいいとは限らないというようなことを言ってらっしゃいましたが、そうかも知れません。文屋は案外下品ですからね。もう十一時過ぎました。でも今日中に終わることは出来てよかったです。それでは今日はこの辺りで失礼いたします。有り難うございました。