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マリーゴールドの現実

「幻惑」から「現実」へ

明けましておめでとうございます

 正月の二日には、子供時分に習っていたお習字の先生の家で書き初めをしたあと、善哉を頂いたものでした。日本舞踊の新年宴会は大概、成人の日でした。当時はまだ十五日でした。長崎由来の卓袱料理を頂きながら踊ったりしたものでした。今ではお習字を習ったとは思えない悪筆です。文字の整いは、心の整いと関連があるようですが、下手だからと言って必ずしも悪い心根という訳ではなくて、丁寧に書いているかどうかです。気分がせわしないと、字はきれいには書けません。今のところ、わたくしはあまりいい状態じゃないようです。四年ぐらい前にはきれいに書けていたのでしたが、その後病気で回復しきってはいません。

 結婚もしておりませんので、家ではお正月の伝統は廃れてゆく一方です。年明けのすがすがしさはないものの、のんびりとはしております。昆布締めと、蒲鉾と、数の子はありますが、あとは料亭のお節料理をとるようになりました。そう云えば、今年のお雑煮は地味でした。長崎のお雑煮は案外派手ですが、今年は鶏肉もなくかつお菜もなく、白菜で代用して、蒲鉾とお餅が入っているだけでした。今年は年末に白菜をたくさん買い込み、他の菜っ葉類もたくさんあったから、かつお菜まで買いはしませんでした。チンゲンツァイに小松菜、高菜までありました。頂き物ですが。クレソンブロッコリーも蕪もありました。もう冷蔵庫はいっぱいです。薩摩芋も里芋もあります。家人の誕生日には牛肉のステーキを頂きました。

 我が家は、平均所得からいうと貧しい方だと思いますが、母がいいお付き合いをしてきましたので、今のところこのように恵まれております。母がいないと家は極端に冷え込むでしょう。兄妹間の信頼感はピカイチだとは思いますが。母がいなければ、自分の付き合いでは何にもないということは分ってはいるのです。家の両親は小さな人々ですが、きちんと礼節を弁えている人々ですので、いろいろと頂き物もあります。小さなころは、そんな虚礼はしなくてもと思ったりしましたが、この歳になると、さすがにお礼の気持ちを伝えるということが、大切なことであるということを知るようになりました。如何に親の力がものを言うか、思い知らされる昨今です。

 家のものは小さな人々なので、政党の支持も野党です。わたくしだけが与党です。家族の中で一番小さなわたくしが与党というのも、珍しい現象かも知れません。しかしわたくしは民主党政権下で、不当に年金をもらっているということになりかけたのです。あの気違い染みた追求には怖れをなしました。わたくしは年金基金を支払ってきておりました。支払ったから貰える訳ですが、わたくしが働けるのに働かないと思われていたのです。わたくしは一見したところ健康そうに見えますが、それはお薬をきちんと飲んでいるからに過ぎません。教会にさえ行けなくなったわたくしが、厳しい世間で働ける訳がないのです。

 わたくしは外国へ行ったこともなく、日本でも栃木県が最北、南は鹿児島本土が最南です。それも随分前の話です。皆さんが普通にしている旅行や行楽も、病気ゆえにあまりしたことがないということです。最近では近場の温泉に行ったくらいです。母が未だに主婦であるということは、残酷なようでも、元気でいてくれているということです。子供が弱いと親は強くなるものです。しかし母も疲れやすくなりました。でもちょっと休むだけですぐに回復します。元日にはのんびりし過ぎてか、夜の後片付けまでしてくれました。お互いに支えあって暮らしているということです。この状態がずっと続く訳ではないことは、当たり前であり、一人で生きて行かねばならなくなる可能性だってある訳ですが、その時はその時です。誰一人訪なうことのない家になるかもしれません。

 わたくしの今後は恵まれたものになるようです。でもまだ実現しておりません。夜明け前というところでしょうか。そのためには勇気を振り絞らないと、いけないかもしれません。「◯◯さん、いいお友達」と言ってくれたからには、その人物は、帰って来てくれることでしょう。勇気を振り絞って書くと、多分、結婚するかもしれません。今からそんな話があるでしょうか。それこそ気違い染みているでしょうか。母が安らかな老後を送ることができるように、そうなることを願っております。わたくし共子供二人の結婚ということは何も非常識なことではないでしょう。相手はすぐそこにいます。わたくしの顔を見ると、嬉し恥ずかしといった顔をするその人が、わたくしには必要なのです。彼なしでは、眠ることも、勉強することも、食べることもできないのです。これは字義通りです。

 彼はわたくしが一人でも生きて行けるようにしてくれているのですが、その上でパートナーになってくれることでしょう。家人もその繫がりで結婚に至ると思います。今までわたくしのことで、ずっと心配をかけてきました。いつもの呼び声が聞こえてきました。それではこの辺りで失礼致します。皆様、良きお年をお迎えください。