マリーゴールドの現実

「幻惑」から「現実」へ

「夢千代日記」に行き着いた

 年が改まって初旬も過ぎようとしている。初旬である間に一つぐらい書いておこうと思う。主題はない。本当なら、小説まがいを書き始めねばならないのだが、書くことが溢れかえるような質じゃないので、少し端緒が得られたら書き始めることにする。実はある人から「数年かけてじっくり温めた構想を大長編に仕上げる意気込みで挑戦しましょう」というお言葉をいただいているのだが、あと十年しか生きる予定がないので、数年というのは長すぎる年月である。普通、並行して書くことをなさるのかもしれないが、私はなかなかそういう器用なことはできない。書き急ぐことはするまいと思うようになったが、それも途中から崩れ出すこともある。去年は八日に親戚の家に行って、十日ぐらいから書き始めた気がするが、書き急いでしまった。長編にするつもりだったが、短編で終わってしまった。長い梗概を読んでいるような気分だという感想もいただいた。記録文学としてならそういう感想も当然である。

 ところが百年前の話だし庶民の話なので、またその親戚の話が記憶がおぼろげで、殆ど調べようがなかった。アナール学派の遣り方で行くならば、何か出来たかもしれないが、私は歴史も苦手である。名もない一人の男の移民の話などどうやって調べればいいものやら。最低限は調べた。農業移民だし、銀行やら組合の話ぐらいしか調べる余地はなかった。ここ長崎の夜景は百万ドルの夜景と言われている。それだけ美しいのだろうが、その額からすると、彼の得た額は小さく感じられるが、それでも彼は日本に帰るのだが、彼の余生は悠々自適なものだった。ちょっとした財産持ちになった。それに彼は長男として実家のためにお金を稼いだとう側面も強かったので、自分だけのために働きに出たわけではない。記録文学にはなり損ねたが、他の観点もあるやもしれない。梗概のようにつらつらと書いた感は否めないかもしれないが、私は記録文学の線は捨てた。

 あとは情緒である。情緒はそうそう長く書けるものではない気がする。しかし移民の話を情緒だけですませるわけにもゆかない。最低限調べられるところは調べたが、庶民の話も大きな歴史のうねりの中にある。第一次世界大戦第二次世界大戦とが挟まっている。彼はアメリカで収容所送りになった。アメリカの収容所はナチスユダヤ人収容所とは違って現金なもので、連盟国側と戦った息子がいた場合などは、優遇されたようである。しかし彼には息子はいなかった。幼くして死んだ息子はいたが。もしその息子が生きていたら、彼はアメリカに留まったかもしれなかった。しかしそうはならなかった。彼の家族は次々と死んでしまった。日本に残して行った娘の長男だけが残った。その人が今度、話を聞かせてくれた人である。彼の孫にあたるが、息子として迎えられたという。彼は美輪明宏と同じ旧制中学に通ったようだが、死んだ息子が生きていたら大学へやったかもしれない。日本に残した娘も女学校まではやっている。

 第二次世界大戦後、日本に帰ると、もう七十歳は過ぎていただろうが、またアメリカに移民しようと目論んだようである。が、それはならなかった。作業着であるジーンズのつなぎを着て町を闊歩したようだが、日本ではそういう人はまだ少なかっただろう。農民でもアメリカ帰りはモダンな雰囲気を漂わせていたようである。この情緒である。もともと貧農ではなかった彼の百姓家は次男が継いで、彼は長崎市内の原爆の落ちたあたりの土地に住むようになった。彼はもう老人だった。私もその近くに住んでいて、同じ小学校の校区である。その小学校に戦後二十年ぐらいで入学した私であるが、その小学校にはピアノがなかったそうである。それで、その爺さんが小学校の土地を買って、小学校はその資金でピアノを買ったそうである。確かアップライトではなくてグランドピアノだったと思う。私が行く頃にはもうピアノはあった。マンモス校であった。

 昔は、原爆を受けた人々は相当差別されたとうこともあったようだが、後から入ってくる人々は、原爆なんのそのである。今のような知識がなかったこともあるかもしれないが、戦後すぐ復興は始まっている。それにしても原爆記念館などには子供の頃は二、三回は行ったようだった。七十年は草木も生えないだろうと言われていた土地だったが、そんなことはなかった。放射能は残っていたのかもしれないが、昔の人々はあまり気にしていなかったようである。今日「夢千代日記」を視た。夢千代は広島で原爆を受けたという設定である。吉永小百合さんはあの番組がきっかけで、被爆詩を朗読するようになられたとか。「夢千代日記」は好きなドラマだった。山陰の温泉地で密やかに生きる夢千代という芸子。山陰にはまだ行ったことがない。その頃、長崎は表日本の気候の土地柄だった。今頃は裏日本化している感じもあるが、当時、山陰というと、独特な感じがしたものだった。ドラマもそれを意識しているようだった。山陰の冬の海は凄いよと言った人があった。二千字を越したのでここで終わることにする。お付き合いくださってありがとうございます。