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マリーゴールドの現実

「幻惑」から「現実」へ

妄想

 病気であろうがなかろうが、人は妄想を抱く場合があります。十分に自分を疑うことが出来ながら妄想を抱くのです。それは他者の言動からそうなる場合が多いと思われます。説明不足など様々な要因があります。国会でも政府は十分な説明をしなければ、国民に妄想を抱かせてしまいます。ですから透明性や言論の自由は必要不可欠です。日本にはそれは今の所十分にあると思われます。また自分自身の際どい見解を説明すると、疑いの眼で見られたりもします。

 現NHK会長の籾井氏は批難の嵐に合っておられるようですが、籾井氏が会長に着任されてからはNHKは変わりました。良い方向です。夜の九時のニュースは以前は野球の話ばかりでしたが、今は違います。公共放送とは言いながら、政治経済の話をしないというのはやはりおかしなことでしょう。しかし今は違います。十分に実力がありながら上からの締め付けでものが言えないというのはマスコミにとっては生命線に関わります。

 籾井氏も言論の自由を享受されているようですが、逆に締め付けられておられるようです。確かに役職によっては言えないこともあるでしょうが、現首相が彼を押さえ込まなかったことは達見でした。それは内容の如何にもよりますが、やはりマスコミですからそこは下品に行かねばなりません。歴史認識の問題が大きいようですが、中国、韓国は自分の国の戦争を被害者の目でのみ見ておりますが、本当にそうでしょうか。それならば中国は少数民族問題を内政干渉だと言って現に有っていることへの批判を受け入れようとは致しませんのはいかがなものでしょうか。また各地の島々を自国の領土だと突然言い始めて、占有しようとしている行為は如何でしょうか。韓国に於いては現大統領は、彼の朴大統領の娘です。彼は独裁者でした。そして日本の裏側の政界と緊密でありながら、自国民には反日を掲げておりました。つまり煽動しておりました。その家庭で育たれた現大統領は、やはり最初から反日の態度を取っておられました。我が国の現首相が靖国を参拝する前からです。期を窺っていたとしか言えないような気が致します。韓国は文民政権になってからまだ年が浅いです。韓国が好戦的な国に移り行く気が致しますのはわたくしだけでしょうか。韓国には安倍さんの行動は好戦的に見えたかもしれませんが、それは前回でも書きましたので今は割愛致します。

 妄想というのはそのようなものです。ないことではなくてあることから来るものです。安倍さんの靖国参拝は現実です。しかしそれは上記しましたように説明が必要です。A級戦犯の孫だからと言って卑屈になってはいけません。そこは朴大統領を見習わねばなりません。わたくしのような昭和時代に育ったものでさえ、先の大戦は経済の問題であったことは習いました。つまり世界が不況とともにブロック経済化し日本はそのどこにも入れてもらえなかったということです。孤立した訳です。負けると分かりながら戦争に突入しました。日本が戦争に踏み切るのを連合国側は待っておりました。パールハーバーも事前に知られておりましたが、自国民を犠牲にしても戦争に踏み切らせたのは、何か理由があったからでしょう。アメリカは本土で戦争しない国です。朝鮮戦争は終結しておりませんが、北朝鮮の脅威の為に本土防衛し沖縄を犠牲にしようとしております。

 これは妄想でしょうか。わたくしはしっかりとそこの所は教育されて来ました。わたくしの育ちました所は被爆地ですが。被爆者にはカトリック者が多いのですが、彼らはその出来事の如何を神様に問うており決してアメリカを批難は致しませんが、原爆自体をどうにかしてもらいたいと望んでおります。それは日本人が忘れっぽいからではありません。彼らは未だに苦しんでおります。しかしアメリカに賠償を求めたことはありません。国に賠償を求めました。確かに国のトップは間違ったかもしれませんが、では何故一国を排除し、自国民を犠牲にしてまで戦争に踏み切るようなことが起こったのでしょうか。「パールハーバーを忘れるな」はダブルスタンダードです。つまるところ国民に妄想を抱かせたのです。日本でも幼い人々は妄想を持たされました。しかし成人していたものは負けると分かっていながら戦争に赴きました。それは自国の犠牲者であります。ですから自国の遣り方で慰霊するのです。

 その日本古来の一宗教が戦没者を慰霊するのは自然なことと思われます。長崎ではカトリック者が多かった為か、宗教色のない慰霊祭を執り行います。それは広島も宗教色はありません。しかし、長崎の平和祈念像がこれは日本人ではないなど酷評されながらも巨大な像でありますのは、大仏さんの系譜があると存じます。これは由緒正しいことです。

 これから先のことを考えて行きませんか。過去に目を向けるのもいいことですが、日本人の目の向け方は案外よろしいのではないかと存じます。韓国の方々に一言申し上げましょう。キリスト者ならば「赦し」ということが重要視されます。グロテスクな物言いかも知れません。しかし赦さなければ解放もされません。自らそのように国として態度を硬化させるのはいかがなものでしょうか。信教の自由のある法治国家ならば、キリスト教以外も認めねばならないでしょう。日本は高野談話を認めております。賠償も致しました。日本人は勤勉ですから戦後高度に成長して来ました。お金があるから毟り取ろうとするのは怠惰ではないでしょうか。先の大統領の下で韓国も経済が強くなりました。歓迎すべき所でした。彼は歴史認識も前向きな態度を取りました。しかし朴大統領は自国民の目をまた過去に向けようとしております。そして経済は停滞気味です。これはわたくしの妄想でしょうか。

 日本人には難しい立ち位置ながらお金を払ってでも戦争はしないという気概のある首相がおりました。ノーベル平和賞を受けました。しかしそれは国民の顰蹙を買いました。実に日本人は自分を疑うことの出来る国民なのです。賢い国というのはそういうものです。日本はもう戦争は致しません。靖国に参拝して自ら自国民からさえ顰蹙を買うことを知りながら参拝するのです。それは挑発でもなんでもありません。逆です。ですから時期を読みもします。それでも参拝せねばならない尊い命が眠っているのです。それこそ他意のないことで、誰にも実害を与えません。批判を浴びることを覚悟で参拝するにはそれなりの理由があることはお分かり頂けると存じます。どこの国にも極右と言われる存在はありますが、そのようなものとは関係ありません。

 どうぞ歴史は私情ではなくて、公民として習いましょう。教科書も選ぶ自由があると存じます。先日日本で地域の他の学校とは違う「公民」の教科書を使っていることが問題になりましたが、アメリカではもっと自由があるように感じます。そのような点は見倣うべきかもしれません。でも一人の人権も大切です。一人の人権は裁判という制度もございますし、有志を募れば人は助けてくれるでしょう。そのようなことが一人一人の歴史であり公の歴史を作って行きます。歴史は良い方向に向かうと信じます。それが歴史学者の見解でもあります。それではここまでお付き合い頂き有り難うございました。